〇津軽ダム(青森県)

   津軽ダムは、日本で初めて共同漁業権が強制収用された事例です。
   実は、共同漁業権を収用してもダム建設は実施できないのです(そのことを理解するには、共同漁業権についても、また海や川などの公共用物(公共の福祉を目的
  として一般公衆の共同使用に供されるもの)についても法的な知識が必要ですのでここでは説明しませんが、興味のある人は拙著『漁業権とはなにか』を参照して
  ください)。
   津軽ダムでは、事業者の国交省も漁民も青森県収用委員会も、そのことを理解しないまま、土地収用と同じ感覚で目茶苦茶な収用をしてしまったのです。そのうえ
  国交省は、収用に先だって行なわれた任意交渉で漁民の同意を得る気を持たず、事もあろうに初めから収用するつもりで交渉を強行したのでした(津軽ダムの漁業権
  収用の法的問題点については『漁業権とはなにか』に詳述していますが、ここでは資料として国交省に提出した意見書を掲げておきます)。
   また漁民のほうも、収用当時の岩木川漁協T組合長が法的に無知なうえに「川は国から借りて利用しているもの」と思い込んでいて、工事等の同意書に署名捺印して
  しまったのでした。本来なら、国交省が漁民に頭を下げて「工事への同意」をお願いしなければならないのに、同意書に署名することで力関係が逆転したのです。

   私への連絡は、収用後の2015年2月に、当時の岩木川漁協石岡浩一理事からありました。その後、組合長になられた石岡氏は、ダムの問題に加え、漁民の同意なし
  に行なわれていた河川工事等の問題にも取り組まれ、事業者との交渉や漁民及び工事業者等の間での勉強会を重ねました。
   そんななか、津軽ダムからの過大放流による漁民の死亡事故が起きました。津軽ダムからの最大放水量は2015年まで17t/秒だったのですが、2016年には58t/秒
  を超える量になっていたため、漁民は命が危険にさらされるとして国交省と交渉を持ち、5月13日から30t/秒に下げてもらうことになりました。漁民は17t/秒を希望
  したのですが、国交省は30t/秒以下にすることは認めませんでした。そのため、13日から漁を開始したのですが、その初日に杉村正衛氏が流されてしまったのです。
   ところが、国交省は、杉村氏の死亡事故がおきても30t/秒以下にすることを全く認めないばかりか、漁民や青森県との協議に応じることも頑なに拒否しました。
   津軽ダムのほうは既に漁業権の強制収用が終わっていたために目立った成果はあげられていませんが、河川工事に関しては、工事業者が同意を求めに来るように
  なるなど一定の成果が上がっています。石岡氏は、その後、生活再建に専念する必要から組合長を辞任されましたが、やはり漁協運営には、石岡氏の存在が欠かせ
  ないようです。

   漁民が法的に無知な間は、事業者が漁業への損害を全く考慮せずに工事を行ないますが、漁民が漁業権の内容や法的性質を<知るようになると状況が改善されていき
  ます。石岡氏を中心として漁業権を勉強する組合員が増えていけば、その恰好の事例になる可能性を持っています。

   意見書 津軽ダム建設に伴う共同漁業権の収用について(2015.2.24)
   週刊金曜日(2016.5.27,ダムが漁民の命を奪う)